福太郎の日記

感想を書きます。

『台風クラブ』(監督:相米慎二、1985年)

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東京近郊のとある地方都市。木曜日の夜、市立中学校のプールに忍び込んだ5人の女子生徒は、先に泳いでいた同級生の男子をからかった挙句に気絶させてしまう。金曜日の授業中には、担任教師・梅宮の恋人の家族が教室に押しかけてきて生徒たちの前で梅宮を糾弾する。台風が近づいてきた土曜日の朝、1人の女子生徒が梅宮に昨日の件について説明してほしいと迫ったことをきっかけに、教室中が大混乱に陥ってしまう。放課後には激しい風雨が吹き荒れる中、数人の生徒が校内に取り残されるが……。

相米慎二監督の代表作とされる作品で、「青春映画」として語られることがおおいので、てっきり爽やかな映画だろうと思って見てみたら、全く違って面食らった。

若さって何だろう、という問は、年を取るとつい発してしまうものなのだろうが、この映画は言われているように「中学生たちの姿をみずみずしく描いた青春ドラマ」なのだろうと思うし、若さの一つのありかたが描かれていると思う。若さというか、幼さと若さの境目というか。

中学生と接していて驚くのは、彼らの世界から頻繁に他者が抜けていることだ。平気で人が傷つくことを言うし、人を傷つけることをする。トラブルの内容を後から聞いて、そんなこと言っちゃ/しちゃダメでしょ……と、横で見る私は思ってしまうのだが、よく言われるように、世界は基本的に主観でしか捉えられないため、神の視点なるものを想定しない限り、完全な客観視はあり得ないし、神の視点なるものは、一個人の認識を超えている。大人ですらつい他者を自己化してわかったつもりになってしまう(または排除する)なんてことをやってしまうから、冷静に考えれば、彼らの世界からすっぽり他者が抜けてしまうのは当たり前の話なのかもしれない。

で、この映画も、それぞれのキャラクターから他者が抜けている。面白がってプールで同級生を溺れさせる女子生徒、鼻に大量の鉛筆をつっこんで鼻血を出す男子生徒、フラッと遠く原宿まで家出をしてしまう女子生徒……。刹那的に楽しいことをとにかくやる、という、幼さと若さのあわいのようなエネルギーを感じた。

そして、この世界には大人がいない。唯一大人の立場であるはずの教師が出てくるが、この教師はまたなんとも頼りなく、情けない。家出少女も、レイプ未遂少年も、どちらも母の不在が描かれていて、特に少年は「おかえりなさい、ただいま」を連呼しながら、学校で女子生徒を追いかけ回していて、悲しくも、恐ろしかった。

一応、主人公格の三上くんが、前半で問いかけをして、その問に答えるべく死ぬ、というストーリーらしきものはあるが、全体的にイメージの連鎖という感じで、ネットに書き込まれた評価に戸惑いが見られるのもよくわかる。謎の白塗りのオカリナコンビが出てきたり、教師が同棲している女性に夕食を用意させている場面で性行為らしき音と赤ん坊の声を流すなど、実験的なことを様々に行っているようなので、繰り返してみることでより面白さがわかる映画なのかもしれない。登場人物は当時実際に中学生だったらしいが、全裸で踊らせる(遠くからの映像なので、身体は見えない)・少年をプールで溺れさせる・中学生が煙草を吸う(さすがに本物の煙草ではないんだろうが……)等、現在では絶対にできない撮影がされているので、歴史資料としても見る価値はあるのかもしれない。