沖縄生活者

感想を書きます。

メモ

まとめて感想を書こうと思ったけれど、疲れたのでメモだけ。

〇9月見た映画〇
・「スワロウテイル」4Kリマスター版
→独特のカメラワークでカメラ酔いした
・「映画ちいかわ 人魚の島のひみつ」
→流行っているから見た。生きる業。
・「オデュッセイア」
→IMAX鑑賞。映画館で見るべき映画。
・「晩春」
→小津安二郎。むかしの日本ではこれがヒットしたのか。

見たい映画:「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」「ヒンド・ラジャブの声」「我々は宇宙人」

〇9月読んだ本〇
・石原千秋「「こころ」で読みなおす漱石文学 大人になれなかった先生」
・澤村伊智「ぼぎわんが、来る」「ずうのめ人形」
・夏目漱石「文鳥」「こころ」
・梶井基次郎「檸檬」
・結城正美「文学は地球を想像する エコクリティシズムの挑戦」
・小川公代「ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる」
・トルストイ「戦争と平和」(第一部第二編まで)
・ブルデュー「ディスタンクシオン」(Ⅰの二章まで)
他にも読んだ気がするが忘れた。

米兵による強盗殺人

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また、「国益にかなう」米軍基地所属の海兵隊によって、沖縄の人が殺されてしまった。強い怒りに堪えません。
今年に入って、報道されているだけでもいくつもの米兵による事件は起きている。昨年は日本政府が米兵による性暴力事件を県に報告しなかったという事案も発覚した。こうした沖縄にたいする差別的対応が、今回の最悪の事件につながったのではないのでしょうか。

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選挙と平和

沖縄知事選の結果は古謝玄太さんが圧勝しました。参政党と日本保守党の推薦を受けた古謝さんに私は危うさを感じますが、当選後古謝氏は「結果をもって県民の多数が容認しているとは考えていない。」ということも語っているので、なった以上、期待したいと思います。

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ただ……。まだ就任から数日しかたっていませんが、すでに不安な点は多くあります。 「辺野古新基地建設問題対策課」を廃止し「早期返還対策室」を設置はまだ理解できますが、「『新基地』という表現自体が私の表現ではない」という発言には不安を覚えます。辺野古弾薬庫には化学兵器や核兵器を貯蔵可能な設備があり、そこに滑走路を造るということはもはや普天間の代替施設とは言えないのでは……ということとから、県内のメディアでは「新基地建設」という言葉を使ってきたわけです。彼はその歴史的経緯を知っているのでしょうか。

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そして早速、「県によると、閉鎖したHPで閲覧できた新基地建設問題を巡る経緯や裁判資料、戦後80周年平和祈念事業の一環で作成・公開した短編動画「基地と平和」などが公開停止となった。」わけです。「今後内容を整理して再公開」するといいますが、少なくとも辺野古関連の動画、とくに「基地と平和」のシリーズは、党派的なものではなかったはずです。辺野古新基地建設を容認する立場であるからこそ、そして「推進」ではなく「容認」というからこそ、あそこで語られていた移設の問題点についてはやはり応答する責任があるはずです。
 「結果をもって県民の多数が容認しているとは考えていない。」のであれば、容認していない県民に対しても姿勢を説明していく必要がある。そのために科学的な検証や歴史を隠蔽するのは大きな問題がありましょう。どうか、歴史を踏まえたうえで容認の立場をとってほしいと強く思います。

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沖縄知事選

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「自民、維新、国民、参政、保守、公明県本部が推薦する元那覇市副市長で新人の古謝玄太氏(42)がやや先行している。現職で3期目を目指す玉城デニー氏(66)が激しく追う。一方、有権者の4割が態度を明らかにしておらず、情勢は変わる可能性がある。」そうです。デニー支持としては残念ですが、まだ時間はあります。

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『急に具合が悪くなる』(監督:浜口竜介、2026年)

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パリ郊外の介護施設「⾃由の庭」の施設長であるマリー=ルー・フォンテーヌは⼊居者を⼈間らしくケアすることを理想としつつ、人手不足やスタッフの無理解などに悩まされている。そんな中、マリー=ルーは森崎真理という日本人の演出家に出会う。がん闘病中の真理が演出するのは、自閉スペクトラム症の孫・智樹と行動を共にする俳優・清宮吾朗の一人芝居。真理の描く演劇に勇気をもらったマリー=ルー。同じ名前の響きを持つ偶然に導かれて、二人の交流が始まる。しかし、あるとき真理は「急に具合が悪くなる」。真理の病の進行とともに、二人の関係は劇的に深まり、互いの魂を通わせ合うようになる……。

映像も物語もすばらしかった。会話劇なのに3時間という長尺に飽きない。これは今を生きるひとが見るべき映画のひとつだと感じた。

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8月の備忘録/ブログの名前を変えました。

今日は沖縄では旧盆のウークイ(送り日)。いつもは帰省しているが、今年は仕事の都合で帰省ができず、島のほうに向かって手を合わせる。
八月も終わり。いろいろなコンテンツに触れたけれど、腰が痛いから感想が書けない。でも書かないと忘れそうだから備忘録として。下書きがたまる一方だ。

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敗戦から81年

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日本の敗戦から81年が経ちました。高市首相の式辞は、いわゆる「未来志向」というか、「輝かしい未来」ばかりという感じだった。

 思えば、沖縄戦に参加するまでのわたしの人生は、すべてこれ国家意思にもとづく戦争体制の一部となるためのものであった。しかし、敵味方が入り乱れて殺戮のかぎりをつくす戦場にあっては、こうした「生き方」そのものが疑問視されざるをえなくなるものだ。
 戦争がすみ、沖縄中部の屋嘉捕虜収容所にいれられていたとき、わたしは、竹切れの先をくだいて筆をつくり、食事時に支給されるコーヒーを墨汁代りにして、紙片や罐詰のふたなどに「新生」とか「再生」といった文字を倦むことなく書きつづけた。「国家意思」とか「国益」といった空語に、自己の全存在をゆだねることなく、こんどこそ、みずからの人間的願望にもとづく主体的な生き方を求めて生まれ代わりたいと切実に願ったものである。
 だが、戦後二十数年におよぶ道程をかえりみて、それが「新生」の名にふさわしい実質をもちえたとは、おもえない。戦争体験をとおして学びとったはずの「人間的生き方」にたいする執着も、人間的価値の追求も、深化蓄積されたというより、むしろ国家施策に押しながされ、あげくは「いつかきた道」を、ふたたびたどらされつつある感さえいなめない。(大田昌秀『沖縄のこころ』「はじめに――戦争を否定する沖縄のこころ」岩波新書、1972年、2頁)

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