福太郎の日記

ディレッタントによる備忘録

中村真一郎『王朝文学論』①「王朝の文学」第一部

ちょうど50年前に発刊された本。序文によると、新潮社文庫から出ていた『王朝の文学』(昭和32年)と『王朝文学の世界』(昭和38年)をまとめたものであるらしい。

「王朝の文学」編は第一部と第二部に分かれている。第一部は「王朝の文学」の歴史的進展を解説する。

 中村は、まず「小説と近代小説」という文で本評論をはじめる。中村によると、一般的に「小説」と聞いて想起されるものは「西洋近代の発明品であり、それが文明開化と共に輸入されて、はじめて日本のものとなった」(12頁)ものであるが、これは狭い意味での小説、「近代小説」とする。しかし、小説は決して近代になって新しく生まれた概念ではない。西洋の小説がそうであるように、「伝統的な古い『散文の作り話』と似た点をもっている」(14頁)ことから、「物語を(中略)近代小説を見る眼で眺める」ことを試みることを宣言する。

 しかし、ここでは「小説とは何か」という問題が取り残されているように思う(わずかに仮構の創作を小説としているのだろうということがうかがい知れる程度だ)。それは、「竹取」「宇津保」「落窪」「源氏」「狭衣」「散逸物語」…と筆者が批評をすすめていくと同時に、説明されていく。「源氏物語(その五)」の節には次のように書かれている。

 フィクションによる現実再現が、事実の単なる記述である歴史より、遙かに、より真実である、という自信のある宣言は、ある種の「私小説家」の顔を赧らめさせるだろう。それに、作家の体験と、それが「変換」された芸術的世界のなかでの現実像の関係。また、芸術的真実を作り上げるための、作家の個人的観察の整理と取捨の重要性。実人生の日常性の、芸術のなかでの典型化の必要。更に、方法の多様性と、文学的視力の度合いの多種性。また、それらを超越した、「小説形式」そのものの存在理由。(39頁)

また、「擬古物語」の節では次のように述べる。

叙情詩の面では『新古今』という、全く新しい風体を想像した彼らも、本来、現実との交互作用によってのみ生命を宿しうる散文小説のジャンルにおいては、ついに傑作を生みえなかった。物語作者は、古い手法と古い題材とで、いかにも道長時代でもありそうな夢を書き綴ることに、わずかに慰めを求めたのである。――そうして、このジャンルそのものが、時代遅れの片隅の存在となり、文学史のうえで、この時期を代表するものは、こうした擬古物語とは別の地盤から生れた、軍記物、『平家物語』のようなものとなった。(55頁)

この辺りから中村のいう「小説」がいかなるものであるかはうかがえる。

 

第一部の物語批評は概論で、簡単にそれぞれの印象批評がおこなわれているが、中村の評価は一般的な評価とはすこしずれているように思われるところが面白い。『源氏物語』といえばやはり第一部が教科書でもよくとりあげられ研究史も深く評価も高い……と思っていたのであるが、未熟な第一部、偉大な第二部、完成された第三部…と評している。第三部などは続篇などと蔑称されてきたものだと聞いていたから、第三部に対する評価の高さは意外に感じる。やはり中村が最も高く評価するのは『源氏』であるが、その次に『夜半の寝覚』を「この物語はたしかに、『源氏』とは別の、完結した世界を作り出している」(44頁)と高く評する。

 冒頭で中村は日本の近代小説は西洋の小説よりも王朝文学の方に近いというが、第一部の時点では王朝文学と西洋近代小説との比較に終始しており、日本の近代小説ほとんど触れられていない。時間も場所も遠く隔てた西洋の近代小説と類似する点がある、況や日本の近代小説をや…ということか。